KIKUSAWA Ritsuko

散歩道(エッセイ集)

オーストロネシア語族の広がり

地球上で最も広い面積に分布する言語族「オーストロネシア諸語」

 太平洋に点在する島々と太平洋周縁部、そしてマダガスカルという地理的に非常に離れた地域で話されている言語には類似性が見られる(表1)。大航海時代を迎えたヨーロッパの人びとがこのことに気づくまで、そう長くはかからなかった。17世紀のオランダの文献にはすでに、マダガスカルの言語とマレー語、それにニューギニア海岸部で話されるいくつかの言語の語彙に共通点が見られるという指摘がみられる。19世紀末になって世界の諸言語の系統関係に関する研究がさかんになると、地図1に示した広範な地域にみられる1000を超える言語がひとつの系統に属することが明らかになり、「オーストロネシア(南島)諸語」と呼ばれるようになった。

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表1 オーストロネシア諸語における語彙の例
注:※がついているものは古い形、もしくは意味がかわってしまったり用法に制限があるもの。 



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図1 オーストロネシア諸語の分布 



言語の系統関係と初期の移動ルート

 このような広大な地域にみられる言語が「同じ系統に属する」というのは、何を意味するのだろうか。
 ここでまず、「言語の系統が同じ」というのが「同じひとつの言語から発達したことが科学的に証明できる」という意味であることを確認しておきたい。この共通の祖先にあたる言語を「祖語」という。「インド・ヨーロッパ語族」に属する言語はすべてインド・ヨーロッパ祖語から発達したが、同様に太平洋で話されるオーストロネシア諸語も「オーストロネシア祖語」という共通の祖先から発達した。言語間の系統関係がどうしたらわかるのか、については専門性が高くなるのでここでは省略するが、同じ系統に属する言語には単語や文法構造などにある程度の見かけ上の類似性が存在したり、比較的近い地域で話されているという特徴は持ち得る。ただし、見かけが似ていても系統が近いことにはならないし、逆に、見かけが全然似ていなくても同じ系統に属する場合もある。
 オーストロネシア諸語は現在、だいたい図2・3に示したような系統関係にあると考えられている 。ことばの類縁関係はこのように、いつどのグループが「分岐」したのかという基準で示される。たとえば、オセアニア諸語(図2の点線囲み部分と図3)に属する言語は、オセアニア祖語の時点までは共通の特徴を持っていたが、その後分岐して異なる特徴を持つようになった、という意味である 。
 言語は話者なしには存在しないから、言語の分岐は話者の一部が社会的あるいは物理的な形で母集団から分かれた結果であると解釈でき、これに現在みられる言語の地理的分布を照らし合わせることで民族移動の経路を割り出すことができる。このような言語の検証に基づいた移動経路は、現在さまざまな分野におけるオーストロネシアン研究の基盤となっている。

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図2 オーストロネシア諸語系統図 

(Blust 1997,1999;Reid 1982,p.c. にもとづくもの。ただし上位分類、とくに東部台湾原住民語祖語の位置づけについては研究者によって意見が分かれている)

注:西部マラヲ・ポリネシア諸語というグループには、中・東部マラヲポリネシア祖語から受け継いだ特徴をもたない言語がまとめて分類されている。これらの言語については、それぞれの語派ごとの系統関係についてはかなり研究が進んでいるものの、全体像はまだはっきりわかっていない。



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図3 オセアニア諸語の系統図 (Lynch, Aoss and Crowley 2002に拠る)



中国から東南アジア、そして太平洋の島々へ

 オーストロネシア祖語を話す人びとは、今から5000年前ごろに、中国揚子江流域から台湾にわたったと考えられている。その後台湾各地に広がった人びとはやがて、フィリピンへと南下しインドネシアにいたった。インドネシアからはマレー半島を含む東南アジアの大陸部、インドネシア島嶼部など四方に散らばったが、その中の一部はニューギニア島沿岸部を伝って現在のニューアイルランドに至った。ここまでの各地域にはオーストロネシアンの定住以前に人が住んでいたことが知られており、たとえば、フィリピンでは「ネグリート」と呼ばれる。ネグリートの人びとの言語は、現在ではオーストロネシア諸語に完全に同化してしまっており、言語学的にふたつのグループの人びとを区別するのは難しい。
 一方、インドネシアやパプア・ニューギニアにはすでにパプア系の言語を話す人びとが住んでおり、3000年前ごろに到着したオーストロネシアンとは、さまざまな形での交流があったことが知られている。現在のオーストロネシア諸語には、パプア系言語の影響を非常に強く受けた結果、見た目はパプア系にしか見えないものや、逆にパプア系言語にもオーストロネシア言語の影響が強く見られるものもある。どちらの系統に属するかの判断が難しい言語もある。
 ソロモン諸島を(東南に)ぬけると、そこから先は人類未踏の地であり、人びとは、北はミクロネシア、南はメラネシア、東はフィジー諸島を経てポリネシアへと広い地域へと広がって行った。ここはまた、長距離航海の技術なしにはわたりえなかった海域でもある。
 このようにオーストロネシア祖語話者を祖先にもつ人びとは、台湾を出発した後、東南アジア・ニューギニアでそれまで住んでいた人々と時には争い、時には融和しながら、その先は太平洋上のまだ無人の島々へと広がっていった。そして今から1500年前ごろまでにはほぼ、現在みられるような分布をみせるようになった。



分岐後の人の移動とオーストロネシア諸語

 言語の系統関係に基づいたオーストロネシアンの移動ルートに考古学をはじめとする他の分野の成果をあわせることで、太平洋の人々の先史に関するさまざまな事実が明らかになりつつある。ただし、ここで注意しなくてはならないのは、図2・3のような系統図に反映されるのはあくまでオーストロネシア祖語から受け継がれた要素に基づいた分類であるということである。したがって、言語系統図から割り出された移動ルートは、オーストロネシアンがそれぞれの地域に一番最初に定住した経緯をつなぎあわせたもの、ということになる。これを「初期の移動ルート」とよぶことにする。
 ある地域に定住した後、人は同じ場所にとどまり続けるとは限らない。最初にきたルートとは逆方向に再移住することもあるだろうし、地域間の交易ルートなどの文化の流れは、初期の移動ルートとは無関係にできあがる。また、外から別の言語を話す人々が移入してくることもある。言語そのものの内的要因で起こる変化、定住後のさまざまな交流によって他言語の影響による変化が積み重なって、言語ごとに、また地域ごとに新しい特徴が生み出されてゆく。外部との通婚や環境への適応によって人びとの見かけ上の特徴が変わっていくように、言語もまた祖語から受け継がれた要素の上に新しく得られた特徴が加わり、変化して現在の諸言語となっている。オーストロネシア諸語も例外ではない。
 たとえば、マレーシア・インドネシアで話される言語は700を優に超すといわれるが、オーストロネシア祖語から受け継がれた特徴を分離し分析するのが難しくなってしまっており、すべての言語間の系統関係がはっきりしているわけではない。この地域における貿易ネットワークが活発であった時期に多くの言語が当時の共通語に(一部)同化するなどしたのが理由のひとつとなっている。この時代にはまたフィリピンへもさまざまな文化的影響が及んでおり、現在のフィリピン南部の言語には(初期の移動ルートとは逆方向に)南のマレー語圏から入ってきた単語もめずらしくない。ミクロネシアやポリネシア地域でも、高度な航海技術を駆使し島嶼間で行き来があったことが知られているが、周辺言語からの借用語彙にその痕跡をみることができる。



マダガスカルへの人の移動

 初期の移動後におこったオーストロネシア話者によるもっとも大きな移動は、なんといってもボルネオ島からマダガスカルへの移住であろう。このインド洋の両端に位置するふたつの島の間には直線距離でも優に7000キロメートルを超えるのに、マダガスカルで話されるマラガシ語(または「マダガスカル語」)がオーストロネシア諸語に属することは疑いがなく、ボルネオ島南東の言語群ともっとも系統が近いと考えられている。
 マダガスカル住民の祖先がインド洋を東西に一息で渡ったのか、古くから発達していたインド洋海域の東西を結ぶ貿易ルートにのって海岸沿いのルートをたどったのか、についてはまだよくわかっていない。時期的にはだいたい7~8世紀ごろであったと考えられている。また近年では、マダガスカルに入る前にアフリカ東海岸に一度なんらかのかたちでとどまった痕跡とみられる現象が、だんだん知られるようになってきている。
 現在のマダガシ語はさまざまな文化接触を反映し、マレー語、南スラウェシの言語、バントゥー系言語、アラビア語などからの借用語、さらに旧宗主国のフランス語、地域によっては英語の影響もみられる。人びとの定住後に言語が分岐をはじめ、地域ごとに言語が独自の発達をみたのは太平洋地域と同じであり、現在ではさまざまな方言間の違いも見られる。



現在のオーストロネシア言語圏

 16世紀にはじまる植民地時代とふたつの世界大戦を経た現在、オーストロネシア諸語には英語やフランス語はもとより、スペイン語、ポルトガル語、オランダ語、ドイツ語、日本語など、旧宗主国の言語の影響がみられるものも多い。インドからのプランテーション移民があったフィジーでは、ヒンディー語をはじめとするインドの言語も話されている。米領、フランス領、チリ領の都市部では「本国」の言葉使用が一般的であったりもするし、さらにプランテーションや漁船で生まれた新しい言語、クレオール諸語も話されている。
 交通が発達して地域間の行き来がしやすくなり、世界各地の情報がインターネットでみられるようになった今、言葉の変化は太平洋においても加速度を増すであろうと思われる。



オーストロネシア諸語は時空を超える

 オーストロネシア諸語は、それぞれが祖語から受け継いだ特徴から出発し、地域の広がりを、文化交流などの痕跡を、環境の違いに起因する異なる文化的背景を反映して、たくさんの言語に発展した。オーストロネシアンとよばれる人びとに共通する要素は、彼らが話す言語が共通の祖語から発達したということのみであり、この人びとを文化的あるいは民族的にひとくくりにできる要素はない。したがって「オーストロネシア民族」というものは存在しない。これらの人びとが、数千年をかけて地球を3分の2周する地域に広がり、その土地その土地の環境に適応して多様な言語と文化を発達させたこと。逆に、その結果発達した千いくつという言語から、5000年を経た今でもひとつの言語に溯れること。オーストロネシア諸語が構成するのは、空間軸と時間軸にまたがって縦横に広がる大きな宇宙なのである。



参考文献

菊澤律子. 「言葉と人びと」. 「朝倉世界地理講座」第15巻「オセアニア」. 朝倉書店.
Adelaar, Alexander, in press, Towards an integrated theory about the Indonesian migrations to Madagascar, in P. N. Peregrine, I. Peiros and M. Feldman eds, Ancient human migations: a multidisciplinary approach. Salt Lake City: University Utah Press.