KIKUSAWA Ritsuko

散歩道(エッセイ集)

サタワル語 Satawalese

【主な使用地域】

 ミクロネシア連邦ヤップ州に属するサタワル島の言語。2007年現在、話し手約1000人のうち、サタワル島に600人、州都ヤップ島に約200人が在住。その他、グアム、サイパン、ポーンペイにあわせて約120人、ハワイと米国本土に約50人の話者がいるとみられる。


どんな言語?

 サタワル語は、オセアニア諸語のなかのミクロネシア諸語に属し、チューク(トラック)語、ウォレアイ語、プルワット語などと並ぶチューク系の言語です。ミクロネシアの言語は、発音面では二重子音の存在や母音の数が多いこと、文法的には数助詞の存在などがよく知られていますが、サタワル語も例外ではありません。
 助数詞とは、「1匹、2匹…」、「1枚、2枚…」というように、ものを数えるときに用いる言葉のことです。サタワル語の場合には、たとえば犬を数えるときには「e-rhai(1-匹), riu-rhai(2-匹), eoniu-rhai(3-匹)...」、木の葉を数えるときには「e-rheo(1-枚), riuwa-rheo(2-枚), eoniu-rheo(3-枚)...」となります。対象物の形態により使い分けられるので、たとえば同じタロイモでも「ひとかけらのタロイモ」というときなら e-giufet woot (woot は「タロイモ」)、「ひと切れのタロイモ」なら etip woot、さらに「半分に切り分けたタロイモ」の数をいう時には e-peik woot という具合です。日本語で木を数えるときにも、「1本、2本…」だけでなく、木材になれば「1枚、2枚…」、木屑であれば「ひとかけら、ふたかけら…」となりますね。
 おもしろいのは、「10」を表すときには単位がつかないことです。対象物が何であっても seig (まれにseik)。したがって、犬10匹でも木の葉10枚でも seig 「10匹/10枚」、タロイモもどんな形であっても seig woot(タロイモ)  「タロイモ10かけら/10切れ/片割れ10個」。10以上の数はどうなるのかですって?サタワル語の数は、11以上は seig(10) me(と) ew(1) 「11」、 seig(10) me(と) riuwa(2) 「12」のように、10に1の位の数を足してゆく体系となっています。したがってものを数えるときには1の位を助数詞の形にすれば、それでOK。seig(10) me(と) erhai(1匹) 「11匹」, seig(10) me(と) riurhai(2匹) 「12匹」 となるわけです。
 さて、サタワル語で単に数を数えるときには、 eota(1), riuwa(2), eoniu(3)... ですが、速くいう時には eot(1), riuw(2), eon(3)... となります。日本語で、「ひとつ、ふたつ、みっつ…」という数え方と「ひぃ、ふぅ、みぃ…」という数え方があるのに似ていますね。また、「ひとつ目、ふたつ目、みっつ目…」という序数詞は、 aeewan, oaruwouwan, aeinuwan ... となります。
 このほかサタワル語には、オセアニア諸語の例にもれず、動詞の他動詞形、対象の性質によって使い分けられる複数の所有詞、代名詞の接尾辞形(主語代名詞・目的語代名詞)の存在などが知られていますが、詳細についての言語学的な記述はまだありません。


使ってみようこんな表現!

Chechemeni(チェチェメニ)! 「よく考えろ!」。
1975年から76年にかけて開催された沖縄海洋博覧会には、サタワル島から6名のクルーが伝統的な航法でアウトリガーカヌーを操り、3000キロの航海を成し遂げて来日しました。チェチェメニ号という名前のこのカヌー、建造中に持ち主であるトコメイ氏が夫婦喧嘩をし、奥さんにむかって「チェチェメニ!チェチェメニ!(よく考えろ!よく考えろ!)」と叫んだことから、人々がこう呼び始めたそうです。遠く「日本」という地への旅は、島の会議での話し合いにはじまり、クルーの選抜、積み荷を準備した残される人びとの思い、航海中のその時々の気候や状況に応じた的確な判断など、多くの人々がよく考え知恵を働かせた結果の成功であり、チェチェメニ号はその名にふさわしい役割を果たしたといえるかと思います。(チェチェメニ号は現在、大阪の国立民族学博物館に展示されています。)


サタワル語の今

 世界には近年まで正書法がなかった言語が珍しくありません。サタワル語も例外ではなく、文字が使われるようになったのは1960年代から70年代ごろと考えるのが妥当なようです。初期のころには、9つある母音のうち7つだけを3つの文字だけで表記しました。たとえばa という文字で/a/、/æ/、/ɑ/の3つの異なる音を示したそうですから、書かれたものを読むにはさぞ想像力が必要だったことでしょう!それ以来、6通りもの正書法が提案され用いられてきました。
 もっとも問題になるのは a, e, i, o, u と書けばすむ /a, ɛ , i, o, u/ 以外の母音 /æ, ʉ, ɞ, ɒ/ の表記です。たとえば、/æ/を示すのに á、å、ae、また/ɒ/を示すのに ó、o˚、oa などという異なる文字(の組み合わせ)が考案されました。現在は、ae、oaなどのふたつの文字の組み合わせを用いるのが主流になっています。
 子音についても、そう単純ではありません。サタワル語では [l] は /n/ の異音であり、[l] も [n] も、n と書けばそれでよいはず、というのは言語学者の考え方。なぜかサタワルでは、固有名詞を書くときには [n] を示すのに l の文字を使うのが習慣となっています。たとえば島の名前は、アルファベットでは Satawal と書き、英語や日本語では「サタワル島」と呼んでいますが、サタワル語での実際の発音は [satawan] 、つまり「サタワン」なのです!同様に、r の二重子音 /rr/ は、chで書く習慣になっています。ですから、Sauchomal という人名は、発音に従って書けば Saurroman 「サウッロマン」。
 そのほかにも、半母音の記述や形態音韻論的変化が起こる場合の書き方なども統一されていないため、同じ単語がyiwe, ye, ya と書かれたりiwe, e, ia と書かれたりするなど、実際に書かれるものをみると、実にバラエティ豊か。表記法の統一に努力されている学校の先生方の苦労はまだまだ続きそうです。


お勧めの本

 サタワル語に関する最新の文献は、K.M. Roddy, A sketch grammar of Satawalese, the language of Satawal Island, Yap State, Micronesia (MA thesis, Department of Linguistics, University of Hawai‘i, 2007)で、文法の概要に加え、語彙リストや日本で出版されたテキスト資料の紹介もあります。簡単な語彙集には、M. McCoy and A.N. McCoy, Akkapat faiufaiun kkepesan satawal me pwan kkepesan merike [A Satawalese-English wordlist]. (Satawal Island, 1990), J. Tiucheimal and J.C. Marck), English-Satawalese dictionary: trial version (University of Hawai‘i, 1980)、さらに1970年代に使われていた文化用語とその解説を中心とする Satawalese Cultural Dictionary が近刊予定となっています。サタワル島の文化について知るには、「海に生きる―ミクロネシア・サタワル島の人びと」(『季刊民族学』13、 1982)、また、DVD『チェチェメニ号の冒険』(海工  房, 1976)は、航海の記録だけでなく、サタワル島の暮らしぶりや文化背景が織りこまれた内容となっており、お勧めです。


サタワル語を話す人々

 ポリネシアやミクロネシアでは、ヨーロッパ人来訪の何世紀も前に洗練された遠洋航海術が発達し、島々の間を人が自在に往き来していました。サタワルの人びとは、この伝統的な航海技術を現在まで維持していることでよく知られています。2007年に日本へも来航したホクレア号は1975年に古代ハワイの工法に従って建設されましたが、実際に航海するための知識はポリネシアでは完全に失われてしまっていました。羅針盤や磁石を用いず、星と潮と波を手がかりに己の位置を知り進路を定める方法を伝授したのは、サタワル出身の航海士マウ・ピアイルクです。限られた者のみに教えることが許されていたこの「秘密の専門知識」を地域の外に解放したこの航海士の決断は、その後、ポリネシア文化の復興に大きく貢献すると同時に、失われつつあった航海術の保存にも役立つことになりました。
 サタワル語は海や船に関する語彙が豊かで、カヌーの部位の名称だけでも150以上を数えます。また、航海術に関する語に、日本語や西洋言語の概念にそのまま翻訳できないものがたくさんみられることは、このような背景を考えれば、むしろ当然であるといえるでしょう。