KIKUSAWA Ritsuko

散歩道(エッセイ集)

シリーズ・ことばを通して見る南太平洋 (2000-2001)
2. ことばと民族移動の歴史

 太平洋のことばを二つ以上勉強されたことはありますか。少しかじっただけでいいのです。二つの言語がとても似ているのでびっくりされたのではないでしょうか。 まず、次の表を見てみましょう。ポリネシア諸語の単語をいくつか示してみました。 (ラロトンガ語はクック諸島で話されていることばです。 )
同じ意味を表す単語の形がとてもよく似ていますね。これはなにをあらわしているのでしょうか。


意味 トンガ語 サモア語 ラロトンガ語 ハワイ語
禁じられた tapu tapu tapu kapu
へそ pito pute pito piko
tahi tai tai kai

 四つの言語における単語の形をそれぞれ比べてみると、子音や母音が規則的に対応していることがわかります。たとえば、 t という音はトンガ語、サモア語、ラロトンガ語ではいつも t 、ハワイ語ではいつも k ですね。一方、 p はすべての言語においていつも p です。これらの言語についてさらに 200 語くらいを調べると、同じような対応関係が多くの単語にわたってみられることがわかります。これは、これら四つの言語がもともと一つの言語だったということを意味しています。分かれる過程でそれぞれが異なる変化を経て、現在見られるようないろいろな言語になったのです。言語が四つに分かれたということは、その言語の話し手たちが四つのグループに分かれたということです。したがって、現在どの地域で話されている言語がどのように分かれたのかを調べることで、人々がどのように分岐していったのか、その経移を知ることができるわけです。現在の学説では、太平洋の人々は台湾からフィリピンに南下したあと、インドネシア、パプア・ニューギニア沿岸部を経てソロモン諸島に入り、そこからミクロネシア、メラネシア南部、フィジーに拡散したと考えられています。フィジーに入ったグループはさらに東に進み、現在のサモアあたりからハワイ、イースター島、そしてニュージーランドに拡散しました。お手元の地図で経路をたどってみてください。

 注意しなくてはならないのは、二つの言語に似た単語がみられるからといって、いつもこのような仮定があてはまるわけではないことです。たとえば、フィジー語では淡水貝を kai といいますが、これは日本語の貝とたまたま同じだという偶然の一致の例です。偶然の一致の場合には、二つの言語に共通して見られる単語の数は普通、数語に限られています。また、異なる言語を話す人々の間に何らかの交流があると、相手の言語の単語を自分の言語に「借用語」として取りこむことがよくあります。日本語では最近、英語からの借用語が増えていますね。

 現在話されている言語から過去の言語や人々の移動を調べる分野は比較言語学と呼ばれます。比較言語学は、19世紀以前の記録がほとんど残っていない太平洋における先史の解明になくてはならない研究分野です。

 それでは最後に、さらに興味のある方のために課題を出しておきましょう。図書館に行って、いろいろな太平洋の言語における数を表す語を調べて、比べてみてください。

2000.4 『Vasa Lanumoana 日本ツバル友好協会ニュースレター』(38) 掲載