ニアス | Nias

©minpaku digital archives : 3D movie by Takayuki Sui @ espa
Omo Hada in Gidö

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 博物学者のモディリアニ Elio Modigliani (画家の兄?)は1886年から1894年まで北スマトラと周辺のニアス島、エンガノ島で調査をおこなっている。
 北ニアスの家屋は楕円形をした平面形状に特徴がある。エンガノ島や、さらに西のアンダマン、ニコバル諸島には円形の高床住居が存在したから、楕円形平面はこの地域に本来あった家屋形態のなごりかもしれない。
North Nias
北ニアスの家 [Frobenius 1899]
North Nias
南ニアスの家屋 [Andou & Inoue 1983]
 モディリアニのえがく北ニアスの家屋図には屋根の棟木をささえる2本の柱がみえる。 この柱はそれぞれtaru mbumbu matua 男の棟持柱、taru mbumbu alawe 女の棟持柱という男女の対で呼ばれて、高床の床上からたちあがる。
 それに対して、南ニアスの建築構造はきちんと把握できなかったのか、モディリアニの図からは屋根の支えがよくわからない。
 実際には、両側壁の壁際にそって床上から棟持柱が立ちあがっている。この主構造だけをみれば、北ニアスと南ニアスは変わらない。北ニアスの円形にはらんだ両翼は、じつは南ニアスの妻壁を外にふくらませたのにひとしい。中部ニアスの Gomo 地方では、南ニアスのような連棟配置をとらないから、いきおい家屋側面には張り出しができる。つまり、こうした柱配置は南ニアスの特殊事情が生んだものではないかと想像できる。

 平面利用の点でみると、ほぼ棟の位置を境に、前面には公的な広間空間、背面に私的な家族の領域がある点では南北ともに共通している。北ニアスでは側面の張り出し部分に出入口とそれに対面して台所がある。張り出しのない南ニアスでは、前面広間と背面の部屋それぞれに炉をもうけている。もっとも台所の機能を果たすのは背面側の炉だけである。
North Nias
南ニアスの集会場, Bawömataluo [Andou & Inoue 1983]

©minpaku digital archives : 3D drawing by Takayuki Sui
'Bale' , Bawömataluo



Panorama View of the Inside Nias House
"Omo Sebua" in Bawömataluo, 2010.2.27



©minpaku digital archives : 3D movie by Takayuki Sui @ espa
"Omo Sebua" in Bawömataluo
 NORTH NIAS 
Siwahili, Gunungsitoli 1990
震災後の2006年、Gunungsitoli 近郊の Sihare'ö Siwahili 村と Tumöli 村の伝統家屋あわせて15棟がBRRの手で修復をうけた。
North Nias
North Nias
↓ おなじ家の17年後。屋根を葺き替えているが、床と壁は当初のまま。入口前室は震災後の復興、背後に衛星テレビのパラボラアンテナがみえる
North Nias
Siwahili 2007
North Nias
North Nias
North Nias
Helefanikha, Gidö
North Nias
天然ゴムの出荷
North Nias
North Nias
North Nias
床下には縦横に斜材 ndriwa を組み、上に重石の石 tambua をのせる。家の揺れ止めという
North Nias
North Nias
入口をはいると広間 Salo がある。屋根の棟 mbumbu をささえる2本の棟持柱 taru mbumbu が床上からたちあがる。奥の壁際にあるのが女 alawe の棟持柱、手前の入口よりが男 matua の棟持柱
North Nias
入口 eduö をふりかえる。中央にあるのが男の棟持柱
North Nias
入口に対面して台所がある。米櫃 halasa の上に屋根裏への階段。右手は寝室 Bate'e への入口
North Nias
Onolimbu-Sisombambowo, Lahömi 2007
North Nias
North Nias
North Nias
もっとも重要な柱 tarunahe。2本の棟持柱 taru mbumbu のあいだに位置し、中央の広間 Salo と 正面側で一段高くなった Hare Föna の境界に立つ
North Nias
tarunahe 柱頭の飾り
North Nias
いまは台所を家屋の裏に増築するのが一般的だが、本来の台所位置は家屋の女性側(入口に対面する)の楕円部分にあった。右手前の木箱は米を収納する halasa

 SOUTH NIAS 
Orahili 1990
Krakatau の噴火のさいに大津波で被災した伝承がある。現在の村落は津波以降の再建という。
South Nias
南ニアスの村 banua は石畳の広場をはさんで平行に家屋 omo hada がならぶ
South Nias
South Nias
omo hada の空間は、正面側にある広間と中央の囲炉裏をはさんで背面側の私的な部屋に二分される。Orahili 村では隣棟の広間同士が扉を介して連接し、一見するとロングハウスの廊下 ruai
Bawömataluo 1990
ニアス島を(インドネシアを!)代表する伝統集落。数々の巨石記念物をちりばめた壮大な集落空間。高さ16メートルに達する首長の家 omo sebua はニアスの木造建築、彫刻の最盛期の姿をつたえる。1525
South Nias
Omo Sebua また Omo Nifolasara (lasaraの彫刻を正面に3つもつ)ともいう
South Nias
South Nias
South Nias
South Nias
裏側には格子状の窓がない
South Nias
lasara は龍の頭と鳥の尾をもつ神話上の動物
South Nias
South Nias
1993年には屋内に支えの柱が立っていた。後に撤去。
South Nias
South Nias
South Nias
South Nias
South Nias
South Nias
South Nias
South Nias
裏側の私的空間にも炉はある
South Nias
South Nias
South Nias
South Nias
South Nias
South Nias
South Nias
Siwalawa 1993
South Nias
Onohondrö 1993
South Nias
South Nias

South Nias
2011年 Omo Sebuaの後ろ半分はすでに倒壊してなくなり、仮設の壁でふさぎ、棟を前にずらして屋根を低くしてかろうじて建っている。
South Nias
South Nias
South Nias
South Nias
South Nias
South Nias
Hilinawalö Fau 1993
South Nias
South Nias

South Nias
2011年 Omo Sebuaの後ろ半分は床をのこして倒壊、棟を前にずらして仮設のトタン屋根で覆っている。
South Nias
South Nias
集落建設の中心<臍> fuso
Bawögosali 1993
South Nias
Hilisimaetanö 1990
2007年の村の人口は約16000人。集落の前面広場がえんえんとつづく最大規模の村。
South Nias
South Nias
South Nias
South Nias
Botohili
South Nias
South Nias
連棟の基本は入口を共有した二戸一型の家屋構造にある
South Nias
South Nias

 CENTRAL NIAS 
中部ニアスのGomoは神話上ニアス人の発祥の地といわれる。島の北部では楕円形平面の独立家屋、南部は矩形平面で壁を接した連棟形式の大集落を形成しているのに対して、中部はちょうどその折衷型。南部でみられる計画的、集権的な集落配置は発達せず、この地域に典型的な二戸一型の家屋は連棟形式の原型か。
Orahili Gomo 1993
Central Nias
Hilianaa 1993
Central Nias
Gomoに多い二戸一形式の連棟家屋。床下の斜材を欠く
Central Nias
こうした二戸一構成は南部の連棟型集落でも基本ユニットになっている
Central Nias
南部の家屋形式にある床下斜材のおそらく原型。壁面に乳房を彫刻するのはGomoの特徴
Helaowo 1993
Central Nias
Balöhili Gomo 1993
Central Nias
奥Gomo にのこる最後の omo hada だった。1964年に死亡した先々代の当主の建設。建築後およそ100年たつ
Central Nias
Central Nias
側壁をささえる床桁 ewe は大きくつきだして反りあがる。ewe は家屋の左右にあって人の手にたとえられる
Central Nias
主要な柱(床束)には勇者を象徴する首飾り kalabubu と乳房をえがく
Central Nias
Central Nias
Central Nias
オモテ föna 側の広間 Tawolo では来客をむかえ、食事をする
Central Nias
Central Nias
ウラ furi への戸口。扉の脇に囲炉裏 awu がある
Central Nias
Central Nias
ウラの部屋 Föröma はこの家に住む家族のための部屋
Central Nias
家長の(儀礼的な)寝所 Taböla への入口が炉の横にみえる。Taböla には宝物をおさめる櫃の意味もあり、日本の塗籠や納戸にちかい空間か
Central Nias

2004年12月26日バンダアチェを襲ったインド洋津波はニアス島にも到達し、西岸の集落を中心に被害をもたらした。全島で死者は122人。アチェの惨状にくらべれば災害と呼べないほどの規模だ。
それから3ヶ月後、2005年3月28日にスマトラ沖(ニアス島)地震がおきる。島の中心、ニアス県の県庁所在地Gunungsitoli市ではRC造や煉瓦造の建物が倒壊して477人の死者がでた。この地震によるニアス島全体の死者は964人、被害の半数以上は都市部(つまり華人社会)に集中していた。
この地震を契機にインドネシア政府はアチェ復興再建庁(Badan Rehabilitasi dan Rekonstruksi 通称BRR)にニアス島をくわえアチェ・ニアス復興再建庁として改組、ニアス島の復興活動の中心として乗り出すことになる。
BRRの発表によれば、2007年までにこの孤島に投下された災害復興費はおよそ6400万USD。予算規模はその約2.5倍、そのうち海外NGOは約半分をしめる。これはニアス島全体の年間地方予算総額(ニアス県4500万USD、南ニアス県3000万USD)にほぼ匹敵する。
おどろくべき経済効果?(人と物の流入と物価の上昇が災害復興のもたらしたこと)のおかげで、ニアス県と南ニアス県(2003年に独立)の二県体制だった島の行政機構は、2008年には、Gunungsitoli が Kotamadya(市)に格上げされ、北ニアス県と西ニアス県が独立して1市4県の島になった。2017年を目処にニアス州(第二のバリ)にする予定と報じられている。

Nias
祖先像
Megalith Olayama-Bitaha, Lölöwa’u

地震により倒壊した巨石記念物の修復記録 2007


The origin of the Nias people is unknown. There are striking cultural similarities with the Batak, Toraja, Ngaju Dayak, and peoples of eastern Indonesia, all of which belong to the same language family. But similar social systems can be found among peoples of highland Southeast Asia (Kachin, Chin, Naga). A diffusion of so-called megalithic cultures from Assam has been postulated, but more comparative research is needed to substantiate reconstructions..... The only important external contact recorded before Dutch intervention is with Acehnese slave traders who brought gold, the supreme prestige object, needed for bride-wealth and feasts of merit. Countries and Their Cultures

ムハンマド・アル=イドリーシー Muhammad al-Idrīsī 1100?-1165?
『ルッジェーロの書』 Kitāb Rujār
「イドリーシーの地理(Géographie d'Edrisi)」 ((Nuzhat al-Mushtaq fi Ikhtiraq al-Afaq))(世界の様々な地方を放浪しようとする者達の喜び)と名付けられた中世における最も偉大なイスラムの宇宙構造論学者であったイドリーシー (Idrisi)(およそ西暦1098年 - 1156年)の著作で、「イドリーシーの地理(Géographie d'Edrisi)」としてA. ジョブール(A. Jaubert)によって翻訳・編集され、1836 - 1840年パリで出版さている(Géographie d'Edrisi tr. and ed. by A. Jaubert, Paris 1836 - 1840.)。
http://saudinomad.karuizawa.ne.jp/Jeddah-1.html
http://commons.wikimedia.org/wiki/Image:1154_world_map_by_Moroccan_cartographer_al-Idrisi_for_king_Roger_of_Sicily.jpg
http://commons.wikimedia.org/wiki/Image:Al-idrisi_world_map.jpg

Nias Island Networking Project in Japan

Museum Pusaka Nias

Photographs of South Nias villages 2003 taken by Jesper Kurt-Nielsen Nias Island Research Network

Wikipedia Japan

asianodyssey photo



Lio
Engano島の丸い家
Elio Modigliani 1894
"L' isola delle donne : viaggio ad Engano"

Tanimbar Kei
Tanimbar Kei
TanimbarKei 島
床の上からたちあがる棟持柱
タニンバル・ケイ島 | Tanimbar Kei
Lio
Lio
Flores島 Lio
壁の上からたちあがる棟持柱
リオ | Lio



屋根に葺くサゴヤシのパネルは市場でも売られている。Teluk Dalam 1990


eu simalambuo : ペルポック。ニシキギ科ロフォペタルム属。北ニアスでは主要な建材。長い直材がとれるため、とくに棟持柱に利用される。[Lophopetalum javanicum]
木がスキかも

eu manawadanö : クマツヅラ科ハマゴウ属。直材はすくない。北ニアスの主要な建材[Vitex pinnata]

eu afoa : レッドメランチ。フタバガキ科ショレア属の広葉樹。材質は軽く柔らか。壁面の板材。中部ニアスの Gomo では主要な建材。[Shorea sect. Rubroshorea]

eu berua : 棟持柱に利用。材質は黒く堅い。[]
クウイラ(太平洋鉄木)Merbau [Intsia palembanica] のことか??

eu maola : []

eu faebu : 太い柱[]

eu siholi : 水に弱い。板材。アカネ科Naiclea / onauclea属の樹。[anthocephalus chinensis ??]


eu usala : []

eu boli : 材質は強くないが、棟をまもる象徴的な意味をもつことから棟木にかぎって利用する[]
boli の種子は風にのって各地に子孫をふやす


©minpaku digital archives : 3D drawing by Takayuki Sui @ espa
based on the original data of [Andou & Inoue 1983] and [Inui 1986]
Chief's House "Omo Sebua" , South Nias
Bawömataluo, Kec. Teluk Dalam, Kab. Nias Selatan (1982)
©minpaku digital archives : 3D drawing by Takayuki Sui @ espa
based on the original data of [Andou & Inoue 1983]
Communal House "Bale" , South Nias
Bawömataluo, Kec. Teluk Dalam, Kab. Nias Selatan (1982)
©minpaku digital archives : 3D drawing by Takayuki Sui @ espa
"Omo Hada", North Nias
Helefanikha, Kec. Gidö, Kab. Nias (1990)
drawing is not yet completed. please wait....

Omo Hada Central Nias
Balöhili Gomo, Kec. Gomo, Kab. Nias Selatan
drawing is not yet completed. please wait....

Omo Hada South Nias
Bawömataluo, Kec. Teluk Dalam, Kab. Nias Selatan

[注]
[文献]