KIKUSAWA Ritsuko

散歩道(エッセイ集)

海をこえて伝わったことばたち

1. はじめに

 言語の系統が同じ、とは、いったいどういうことであろうか。 普段、なんとなくわかっているような気持ちでいる「インド・ヨーロッパ語族」だとか、「ゲルマン語族」などといった名称だって、それでは「語族」とは何なのか、と改めて聞かれると、答えるのは難しい。なんとなく、ヨーロッパという同じ地域で話されているからかな、と思ったりするが、そうすると次には、それではなぜ「インド」の言語と「ヨーロッパ」の言語がおなじグループに入っているのか、という疑問が生まれる。その一方で、私たちはよく、「韓国語と日本語は近い」だとか、「英語とフランス語は似ている」などということを言う。ところが、「近いってどういう意味ですか」、「似ているってなにが似ているのですか」とたずねられるとまた、困ってしまう。
 日常、「何語と何語が近い」という場合、比べている両言語を知り尽くした上での分析というよりも、ある限られた側面だけを見た感想を述べていることが多い。韓国語と日本語の場合には、おそらく語順や助詞の存在などが似ていることが強く印象に残り、「近い」という描写に結びつくのであろう。一方で、対象となるのが何語であるかに関わらずよく見られるのが、「単語」の比較である。フランス語やスペイン語などを勉強したことのある方は、以前に習った英語の単語と形が似ていて意味を推測できる単語がたくさんあるのに気づかれたことと思う。似ている単語が多いと、おなじ「語族」に入るのだろうか、と思われるかもしれない。ところが、あらためて日本語と英語を観察しなおしてみると、「バター」とbutter、 「ノート」と notebook、 「リサイクル」と recycle、そして、「ゲットする」と to get など、実は、日本語と英語にも似た単語がたくさんあることに気づく。それなのに、日本語と英語が「系統が同じ」であるという人がいないのはなぜだろう。
 実は、上の言語の比較には、次節で説明するような、少なくとも三つの異なる比較の基準が使われている。次節ではまず、この異なる比較の基準について考えてみることにしよう。

<課題>
 これまでに勉強したことのある外国語をひとつ思い浮かべて、その外国語と日本語が似ている点、違う点についてリストを作ってみよう。できあがったら、ひとつひとつの項目について、それが発音、単語、文法、ことばの使い方、書記法などのなかの、どのような面について比べたものなのか、について観察してみること。

例 :
英語 日本語 言語のどの特徴についての比較か
単語が子音でおわる 単語が母音でおわる 発音
語順が主語・動詞・目的語 主語・目的語・動詞 文法



2.言語の分類

 言語の分類でよく見られるのは、類型論的分類、地理的分類、そして系統分類の三つである。 類型論的分類というのは、言語のある特徴に焦点を当て、その特徴を持つか持たないかで言語を分類する方法で、発音、単語の形や意味、文法、ことばの使い方などのどの面を基準にしても分類をすることができる。たとえば、中国語のように声のあがりさがりで言葉の意味がかわる言語を声調言語と呼び、タイ語やビルマ語、チベット語などがこれに分類される。もたない言語は「非声調言語」である。これは、発音(音韻)の特徴で言語をグループにまとめた例である。一方、文法の特徴、たとえば基本語順に着目し、日本語や韓国語、トルコ語のように主語・目的語・動詞(SOV言語)という語順を持つもの、英語のように主語・動詞・目的語であるもの(SVO言語)、フィリピン言語のように動詞が最初にくるもの(VSO言語)などというように、分類する方法もある。何に着目して分類するかによって、同じグループに入る言語の組み合わせが変わることになる。
 次に、地理的分類というのは、話されている地域によって言語を分類する方法である。たとえば、東南アジアで話されている言語をまとめて「東南アジア諸語」ということがあるが、この中には、上で述べた声調言語・非声調言語の両方が見られるし、また、基本語順のパターンも、SOV, SVO, VSO などとさまざまなものが含まれることになる。 最後に、系統分類とは、言語を系統関係に基づいて分類する方法である。系統が同じ言語をまとめてひとつのグループにし、○○諸語、××語族、などといった名称をつける。系統が同じ、とは、同じひとつの言語に遡ることができる、という意味である。つまり、同じ祖先から発達した言語という意味で、この共通祖先である言語を、言語学では「祖語」と呼ぶ。インド・ヨーロッパ語族は、過去のある時点で話されていたひとつの言語、「インド・ヨーロッパ祖語」が、時間がたつとともにいろいろな言語に発達してできた言語のグループだというわけである。インド・ヨーロッパ語族に属する言語は、さまざまな変化を経て、現在では、類型論的に、さまざまな特徴をもつ言語が見られるし、地理的にも、インド・ヨーロッパだけでなく、ご存知のように、アメリカ大陸やオーストラリア、アフリカなど世界各地で話されている。


<課題>
 次のフィジー語に関する質問について、それぞれ、言語のどの分類基準と関係があるのか考えてみよう。
a. 「フィジー語って、英語と日本語とどちらに近いんですか」
b. 「フィジー語って、日本語と関係あるんですか」
c. 「フィジー語って、どこで話されているんですか」



3. 系統分類と民族移動

 系統分類についてさらに理解を深めるために、次のような状況を考えてみることにする。 あるとき、無人島A島に人々が移住してきた。やがてA島に村ができ、人々の暮らしも落ち着いたかに見えたが、一部の人たちがさらに、隣のB島に移動することに決めた。B島にも村ができ、そのうちさらにC島へと移住する人が出てきた。...これを図に示してみたのが図1である。

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図1 三つの島への民族移動


 この三つの島で話されている言語について考えてみよう。まず、もともとは同じグループの人たち(最初にA島に移住してきた人々)が、三つの島に広がったのであるから、早い時期には、A島・B島・C島では、似たことばが話されていたと考えられる。ところが、時間の経過とともに、それぞれの地域で、だんだんことばが変化しはじめる。たとえば、発音のしかたが変わってくるかもしれないし、なにかを表すのに新しい語が使われるようになるかもしれない。ちょっとちがったことばで挨拶をかわすようになるかもしれない。そのような変化が積み重なると、三つの島で話されている言語は、お互いにずいぶん違ったものになり、意思疎通が難しくなる。そうなると、それぞれの島の言語は、言語A、言語B、言語Cと呼ばれるようになるだろう。
 この流れを言語系統図で表わすと、図2のようになる。最初にA島に人々が移住してきたときの言語はABC祖語、A島からB島への移住があったときに話されていた言語はBC祖語と示されている。図2には、ABC祖語から言語 Aと(BC祖語を経て)言語B・Cが発達したことが示されている。言語系統図は、言語と言語の間の関係のみを示すので、残念ながら、この図だけをみて言語の発達過程を地理的な位置関係などと結び付けることは難しい。

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図2 言語A・B・Cの系統樹

<課題>
 現在同じ地域に住む友人が、どこか別のところへ引っ越していった場合について考えてみよう。何年かたって出会ったとき、彼らの話すことばと自分が話すことばは同じだろうか。彼らに子供がいる場合、その子供の話すことばについてはどうだろうか。



4. オーストロネシア諸語

 太平洋で話されている言語のなかで、オーストロネシア諸語は、今から5500-6000年前に台湾で話されていた「オーストロネシア祖語」という言語から発達したと考えられている。前節で示したような島から島への移動を繰り返し、現在みられる広い地域で話されるようになった。図3は、オーストロネシア民族の移動と拡散の概要を示したものである。

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図3 オーストロネシア民族の拡散 (Tryon 1995 : 18の言語地図に移動ルートを書き込んだもの)


 図にみられるように、オーストロネシア民族は、台湾からフィリピンにむけて南下した。その一部はボルネオ島を経てインドネシアのマレー半島やスマトラ島へ、また、インド洋を渡りマダガスカルに到達した。一方、東に向けて進んだ人々の一部は、パプアニューギニア本島の北側を海岸伝いにわたり、紀元前1500年ごろブーゲンヴィル諸島に到達した。ここから、北のミクロネシア、南のメラネシア、東のポリネシア地域に広がったが、これら「オセアニア諸語」の共通祖語である「オセアニア祖語」は、パプアニューギニア本島北東部で話されていたと考えられている。
 「ポリネシア祖語」は、紀元前1000年ごろ、話されていた。トンガからサモア、マルケサス諸島を経て、ハワイ、イースター島、ニュージーランドの三方へと拡散したが、一部は西向きに「逆もどり」したことが知られている。したがって現在、系統分類による「ポリネシア諸語」は、地理的には、ポリネシアだけでなくミクロネシアやメラネシアでも話されているということになる。
 これらオーストロネシア諸語の系統関係をまとめたものが、図4・5の系統図である。


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図4 オーストロネシア諸語の系統図 (Blust 1977、1997 ; Reid 1982、p.c.に基づくもの)



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図5 オセアニア諸語の系統図 (Kikusawa 2002、Lynch、Ross and Crowley 2002に依る)


<課題>
 オーストロネシア諸語に属する言語をいくつか選び、数字の1から10を示す語を調べてみよう。(ヒント: インターネットで Austronesian, numbers で検索するとよい。)



5. 系統が同じ言語は似ているのか

 前節で、フィリピンやインドネシア、メラネシア、ミクロネシア、ポリネシアなどで話されている言語が、オーストロネシア祖語というひとつの言語から発達した「系統の同じ言語」であると述べた。そのように聞くと、「それでは、台湾の言語を勉強すれば太平洋のどこへいってもことばが通じるのだろうか」とか、「フィリピンの言語とフィジー語とはまったく違ってみえるが」などといった疑問がわくかもしれない。
 繰り返しになるが、系統が同じ言語とは、同じ祖語から発達した言語のことである。もともとは同じ言語であったものが、時間の経過とともにそれぞれ変化し、あるいは新しいものと入れ替わり、さまざまな異なる言語になった。変化は、発音、単語の形、単語の意味、文法、ことばづかいなど、言語のあらゆる面におこり、かつ、なにがどう変わるかはそれぞれの言語によって異なる。結果として、系統が同じ二つの言語を比べると、似ている面と、まったく違った面の両方が見られることになる。人間でいえば兄弟にたとえられるかもしれない。似ている面はとてもよく似ている反面、まったく異なる面も持っている。したがって、総合的に見ると、似ているともいえるし、似ていないということもできることになる。
 このことを理解するために、ポリネシアの言語をいくつか比較することにしよう。これらの言語は、オーストロネシア諸語のなかでも比較的系統が近いものである。ここではわかりやすいように単語の形を見てみることにする。表1に、六つのポリネシア言語から、15の単語をあげてみた。

表1 語彙のリスト(ポリネシア諸語より)

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表の中で、ŋは、いわゆるガ行鼻濁音を、ʔは、声門閉鎖音(「あっあ」と言ったときに小さいツのところにあらわれるつまったような音)を表す。また、(n.d.)は、データが得られないことを示す。
 表から、六つの言語で同じ、または似た単語が見られる反面、まったく異なるものもあるのがわかる。似たものについても、まったく同じ形のものと、同じではないけれどもなんとなく似たようなものがあるのがわかる。これらを詳しく分析すると、実は、ある規則性が見られることがわかる。たとえば、最初の「南」を示す語を見てみよう。ハワイ語ではkona、それ以外の言語ではtoŋaとなっている。このふたつは違う語のようにみえるが、表の他の語を見ると、ハワイ語がkのときは、他の言語ではいつもt, ハワイ語でnのときには、他の言語ではいつも ŋ が現れていることがわかる。たとえば、「目、顔」を表す語は、ハワイ語ではmaka、他の言語ではmataというように、である。系統が同じ言語の特徴のひとつは、このように、言語間で音の対応に一貫性がみられることである。これは、同じ祖語から受け継がれた単語(「同源語」)が、発音の変化の結果、それぞれの言語で異なる形になったが、その痕跡が規則的な音対応という形で残っている、ということなのである。音の対応は、表2のようにまとめることができ、これを「音対応の表」という。



表2 音対応の例

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 さて、表1にもどると、時には単語が完全に入れ替わってしまうこともあるのがわかる。たとえば、「蚊」を表す語gは、トンガ語、ニウエ語、サモア語では、namu となっているのに対し、マオリ語では keron, ハワイ語ではmakikaと、まったく異なった語になっている。このように、系統が同じ言語でも、さまざまな言語変化の結果、表面上はずいぶん違ったものになる。残念ながら、これらの言語間での意思疎通は通常、難しい。
 最後に、系統が同じでない言語の間で見られる似た単語について考えてみよう。これには、偶然の一致によるものと、語彙借用によるものがある。前者の場合には、似た単語の数は数単語に限られており、上で見たような規則的な音対応は見られない。後者は、日本語でいえば英語から入った語のようなものである。この場合には、ある程度の音対応が見られるが、語彙が特定の文化語彙に限られていることが多い。偶然の一致と語彙借用は、系統が同じかどうかに限らず、どのような二つの言語間でも起こり得る。

<課題>
 表1にあがった語を分析し、表2(六つのポリネシア言語における音対応の表)を完成させよう。



6. まとめ

 この講座で学習した内容を復習しよう。
1) 言語の分類にはどのようなものがあるだろうか。
2) 系統が同じ言語にはどのような特徴がみられるだろうか。
3) オーストロネシア諸語について、わかったことをまとめてみよう。
4) 言語の発達において、言語変化が果たす役割はなんだろうか。
5) 二つの言語に似た単語がみられる場合、その二つの言語の関係にはどのような可能性があるだろうか。

もっと詳しく知りたい人のために
Crowley, Terry. 1992. An introduction to historical linguistics. Oxford: Oxford University Press
印東道子 2002 『オセアニア暮らしの考古学』 朝日新聞社
中尾佐助・秋道智彌(編) 1999 『オーストロネシアの民族生物学—東南アジアから海の世界へ—』 平凡社

引用文献
Blust, Robert. 1977. The Proto-Austronesian pronouns and Austronesian subgrouping: a preliminary report. University of Hawai‘i Working Papers in Linguistics 9(2):1-15.
Kikusawa, Ritsuko. 2002. Proto Central Pacific ergativity: its reconstruction and development in the Fijan, Rotuman and Polynesian languages. Pacific Linguistics 520. Canberra: Pacific Linguistics.
Lynch, John, Malcolm Ross, and Terry Crowley. 2002. The Oceanic languages. Curzon Languages Familiy Series 1. Richmond, Surrey: Curzon Press.
Reid, Lawrence A. 1982. The demise of Proto-Philippines. In Amran Halim, Lois Carrington, and Stephen Wurm, eds., Papers from the Third International Conference on Austronesian Linguistics, vol. 2: Tracking the travelers, 201-216. Pacific Linguistics C-75. Canberra: Pacific Linguistics.
Tryon, Darrell (ed.). 1995. Comparative Austronesian Dictionary. Berlin: Mouton de Gruyter.