KIKUSAWA Ritsuko

散歩道(エッセイ集)

いきもの博物誌 イモを見分ける(タロ/フィジー)

 現地調査もすっかり何度目かになったフィジーのワイレブ村。私がタロイモのことを知りたがっていると聞いて、村の男性たちがタロイモのサンプルを家まで持ってきてくれることになった。

 フィジーでは伝統的に男性と女性の役割分担がはっきりしている。畑仕事は一般に男性の仕事で、タロイモの耕作もしかり。女性は近場の畑へ出かけはしても、その日の料理につかう食材を集めるのが目的。せいぜい簡単な下草刈りくらいで、男性のようにイモの苗を植え付けたり、逆にひっこぬいて収穫したり、というような仕事はしない。加えて公の場では夫婦でも男女一緒には出歩かないという土地柄、日本から来た女性客を男性陣に放りこみ何キロも離れたタロイモ畑まで歩かせるなんてとんでもない。というわけで、今回は自分の足はつかわない、お姫様のフィールドワークになってしまった。

 それにしても、でてくるわ、でてくるわ、次から次へと持ち込まれる、ぜーんぶ違う種類だというタロイモ。(私には全部同じに見えるけど・・・)家の前に順に並べて、葉全体、葉柄、そして全体図、と写真に収め、ノートに名前とそれぞれの特徴を言われるままに書き込む。女性たちは男性ほどタロイモのことを知らないらしく、私のノートを覗き込んでは「えっ、それもタロイモの名前なの」などと、感心することしきり。

 それにしてもタロイモ畑も見ずにタロイモ調査なんてなぁ。そこで言ってみた。「あのー、タロイモが生えているところを見た方がよくわかるんですけど。」ああそうか、とにっこり笑った村のおじさん、タロイモ・サンプルを花束のように束ねて持ち、そのままじっと待っていてくれる。長旅の末に到着したタロイモ、しなびてぐったりているのがこうすると一段とあからさま。仕方がない、おじさんに謝意を示すために、そのままで一枚、ハイ、チーズ。


 現地調査ではもちろん、いろいろなタロイモがどんな風に分類されているかを知ることも大切だ。分類の仕方にはいくつかあり、男性と女性で多少違う。女性はオーソドックスな「真タロ」、「古いタロ」、そして「新しいタロ」の三種類。農業試験場から最近導入されたものはもちろん全部、新しいタロだ。男性の方はこの分類とは別に、タロイモの形状に基づいた分類もつかうという。「長いタロ」と「ヤツガシラ・タロ」。長いタロは、親イモが大きくて長く、そのまわりにコイモがたくさんつく。ヤツガシラ・タロは、親イモの一部がどんどん分岐して太っていくんだ。形を見たら違いは明らかだよ、もちろん収穫の仕方も違うんだけどね。

 ところが普段タロイモと馴染みのない生活を送っている私には、言葉でいくら説明してもらっても、どうしてもこれが理解できない。業を煮やした男性の一人がとうとう、さらなる見本をとりに走ってくれた。そして、ほらね、と手渡されたタロイモは確か、長いタロのはずだけど・・・「ちょっと待って。これって違うみたい。」

 そんなことあるものか、と言いながらあらためて運び込まれたサンプルを見た現地の男性たちもびっくり。いわれてみたら確かに形は「ヤツガシラ・タロ」だ。でも収穫のしかたは「長いタロ」だよ。

 これをきっかけに男性側の分類が一部修正されることになったのかどうか、それ以来ワイレブ村にもどっていない私には、残念ながらわからない。

『月刊みんぱく』2005年8月号掲載