大学共同利用法人 人間文化研究機構 国立民族学博物館 科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(A)<br>北米アラスカ・北西海岸地域における先住民文化の生成と現状、未来に関する比較研究(2019-2023)

研究プロジェクトの概要

この研究プロジェクトの目的は、北アメリカ大陸のアラスカおよびアラスカ南東部から米国カリフォルニア州北部にかけての北西海岸地域の先住民文化の歴史的変化、現状、そして未来について比較研究し、共通性と差異を解明することです。

目的

本研究の目的は、北米のアラスカ地域および北西海岸地域の各地においてかつて狩猟採集民であった民族諸集団が先住民としてどのような文化を生成し、それらがどのように変化し、現在に至り、さらにどのように変化していくのかについて諸文化における変化の差異と類似性に着目しながら解明することです。とくに、経済要因(グローバル経済やネオリベラリズムの浸透)、政治要因(植民地化や国家への政治的包摂)、環境要因(温暖化といった生態環境の変化)、社会要因(伝染病や自然災害などによる人口減少に伴う社会の再編成)、思想的要因(キリスト教化の浸透)といった諸要因(アクター)と先住民社会との間でいかなる歴史的相互作用が見られ、彼らが先住民として独自の文化をどのように生成してきたかに関して明らかにします。その上で、歴史的変化と現状と将来への展望を地域間で比較することにより、北米先住民文化の生成過程に関して一般化を試みたいと考えます。

計画

本プロジェクトは、2019年度から2023年度まで現地調査と共同研究を中心として実施する予定です。

おおまかな計画としては2019年度から2022年度にかけて北アメリカ大陸のアラスカやカナダ北西海岸地域で現地調査を行い、2023年度には成果発信として国際シンポジウムと企画展示の開催を計画しています。また、成果を日本語と英語の論文集として出版したいと考えます。

なお、2020年度および2021年度は新型ウイルス感染症の世界的な流行によって、アメリカやカナダでは先住民社会で現地調査を実施することができませんでした。そのため文献調査やこれまでの研究成果を分析しました。

活動報告(年度ごと)

2023年度の活動報告

アラスカやカナダで現地調査を実施するとともに、既存のデータの分析や文献調査に基づいて研究成果のとりまとめを行った。さらに、研究成果の一部を、論文集として刊行するとともに、企画展示や国際シンポジウム、学会の研究大会などを通して発表した。

  1. 岸上は、2023年4月26日~5月4日にカナダBC州バンクーバー島(コモックスとキャンベル・リバー)において先住民アートおよびアーティストに関するインタビュー調査を行った。立川は2023年9月より、カナダBC州のキャンベル・リバーにおいて約2週間の現地調査を実施した。この調査では、現地に住む先住民族クワクワカワクゥの海藻採取のデータをとりつつ、先住民を含めたキャンベル・リバーの住民による土地・空間利用の実態について調査を行なった。また、気候変動の影響に関する住民への意識調査も並行して実施した。手塚は2024年2月にアメリカ自然史博物館(ニューヨーク)を中心に北アメリカ北西海海岸地域・アラスカ南西部地域・北チャンネル諸島地域の北米複雑系狩猟採集民にかかわる物質文化(特に威信財・移入品・海洋交通具・武具)コレクションの調査を実施し、海洋交通具の製作や伝承に博物館がどのように関与しているかを究明した。
  2. 岸上と立川は、これまでの研究成果に基づいて国立民族学博物館2023年度企画展「カナダ北西海岸先住民のアート――スクリーン版画の世界」(9.7~12.12)をカナダ先住民のアーティストらと連携して開催し、研究成果の一部を展示によって発信した。
  3. 生田と岸上は、11月に米国からDr. Alexander D. King、Dr. Ben Fitzhugh、Dr. Thomas Thornton を招聘し、九州大学や国立民族学博物館において北太平洋地域の先住民文化の比較に関する共同研究を行なった。また、岸上と生田、立川、手塚は、科研調査の成果を発信を目的としてアラスカおよび北西海岸地域の先住民文化と旧大陸の先住民文化を比較するための国際シンポジウム“Prehistory, Language and Culture of Indigenous Societies in the North Pacific”(11.3 - 11.5)を対面・オンライン併用で開催した。この他、岸上らはこれまでの研究成果を日本文化人類学会第57回研究大会や日本カナダ学会第48回年次研究大会、民族藝術学会第170回研究例会などにおいて口頭発表した。
  4. 本科研の研究成果として、論文集『北太平洋の先住民文化――歴史・言語・社会』(2024年、臨川書店)を刊行した。また、本科研の研究成果を利用して、国立民族学博物館のフォーラム型情報ミュージアム「北米北方先住民関連文化資源データベース」(https://ifm.minpaku.ac.jp/canada/)の情報を更新した。

2022年度

2022年度は国内外におけるコロナ・ウィルス感染症蔓延の影響による渡航制限や活動制限が大幅に緩和されたことにより、アラスカやカナダで現地調査を実施することができた。また、既存のデータの分析や文献調査、研究成果のとりまとめを実施した。これまでの研究成果の一部をシンポジウムや日本文化人類学会研究大会などにおいて発表した。

  1. 岸上は、2022年7月3日~7月10日にカナダのカナダ文明博物館、カナダ国立美術館、ロイヤルオンタリオ博物館およびヨーク大学においてカナダ北西海岸先住民の社会・文化変化とアートに関する調査を実施するとともに、2022年8月3日~8月22日にハイダ・グワイおよびバンクーバーにおいてハイダ社会の変化および北西海岸先住民のアートに関する調査を実施した。生田は2022年9月にアラスカ州アンカレッジ市で、アラスカ先住民族の食糧保障に関するインタビューと資料収集を行った。立川は、2022年9月より約4週間、カナダBC州キャンベル・リバーにおいて現地調査を実施した。同調査では、現地に住むクワクワカワクゥという先住民族の漁撈及び採集活動の調査を実施する傍ら、2018年に使用が合法化された娯楽用大麻の先住民社会への影響、その他新たに先住民が実施しているエコツアー業(観光業)や運送業、加工業などの事業に関する調査を実施した。手塚は2022年9月に米国のアラスカ州立博物館、シェルドン・ジャクソン博物館、トーマス・バーク博物館において海洋交通具を対象とした収蔵資料調査を実施した。北アメリカのアラスカ・北西海岸地域の先住民社会では近年、博物館資料をベースとし、伝承されてきた製作技術を加味して復元し航海する試み(Angyaaq Tribal Canoe Project等)が行われ、若い世代を含む地域社会再生・復興の原動力となっていることを確認した。
  2. 岸上と生田、立川はシンポジウム「環北太平洋地域の先住民社会の先史、言語、文化」を2022年10月29日・30日に国立民族学博物館において開催し、同地域に関する研究動向を把握するとともに、これまでの研究成果を環北太平洋地域研究の中に位置づけて検討した。
  3. 研究成果の発信を目的として2023年度国立民族学博物館企画展「カナダ北西海岸先住民のアート――スクリーン版画の世界」の準備を、カナダBC州バンクーバー島とハイダ・グワイの先住民と連携しながら進めた。
  4. 本科研の研究成果の一部として論文集『環北太平洋沿岸地域の先住民文化に関する研究動向』(国立民族学博物館調査報告156)を刊行した。
  5. 本科研の研究成果を利用して、国立民族学博物館のフォーラム型情報ミュージアム「北米北方先住民関連文化資源データベース」(https://ifm.minpaku.ac.jp/canada/)の情報を更新した。

2021年度の活動報告

2021年度は国内外におけるコロナ・ウィルス感染症蔓延の影響により、アラスカやカナダで予定されていた現地調査を実施できなかったが、ズームや電子メールを利用してオンライン調査を実施するとともに、既存のデータの分析、文献調査、研究会の開催、研究成果のとりまとめや学会発表を行った。

  1. 岸上はカナダのハイダ・グワイ博物館の研究者とズームや電子メールを利用して交信し、世界観・宗教・儀礼の変化と現状に関する調査および文献に基づく研究を実施した。生田は、メール、電話、zoomなどを使用してアラスカ先住民Yupikの資源開発と文化に関する米国連邦政府、アラスカ州政府の研究者、先住民政府や研究協力者との連携による調査活動を行なった。近藤祉秋は、内陸アラスカ先住民社会におけるマルチスピーシズに関するオンライン調査を継続するとともに、予言的言説に関する文献研究と論文執筆をおこなった。立川陽仁は、フェイスブックやメッセンジャーを利用してカナダ・バンクーバー島キャンベル・リバーの先住民からサケ漁・養殖や環境に関するインタビュー調査を実施した。また、マルチスピーシズ関連の情報収集および文献に基づく調査を行った。手塚薫は、北海道内の小規模コミュニティにおける自然災害への対応と復興に関する現地調査を奥尻島、礼文島、利尻島で実施した。また、北米における「複雑狩猟採集民」の考古学調査関連文献、とりわけ低湿地遺跡出土遺物等の分析を中心に行った。
  2. これまでの成果として、岸上はFood Sharing in Human Societies (2021, Springer)を、生田はThe Sociality of Dance: Happiness, Tradition, and Environment among Yupik on St. Lawrence Island and Iñupiat in Utqiaġvik, Alaska(2022, London: Routledge)を出版した。また、本プロジェクトのホームページ(https://www.r.minpaku.ac.jp/inuit/)の研究成果情報を更新し、公開した。
  3. 岸上らは、日本文化人類学会第55回研究大会や第35回北方民族文化シンポジウム網走「大林太良・学問と北方文化研究―大林太良先生没後20年記念シンポジウム―」などにて口頭発表を行った。
  4. 本科研の研究成果を利用して、国立民族学博物館のフォーラム型情報ミュージアム「北米北方先住民関連文化資源データベース」(https://ifm.minpaku.ac.jp/canada/)の情報を更新した。

2020年度の活動報告

  1. 2020年度は、新型コロナ感染症流行のために国内外での現地調査を実施できなかった。
    研究代表者は、研究分担者や調査地域の現地の人びとと連絡を取りつつ、調査計画全体の見直しを行った。
  2. 岸上伸啓は、カナダ北西海岸先住民ハイダの社会変化に関して感染症(とくに天然痘)の流行との関係から調査を行うとともに、2020年6月に国立民族学博物館に建立されたトーテムポールの特徴や制作過程に関する記録を作成した。また、2020年10月1日から12月15日まで開催された国立民族学博物館特別展示「先住民の宝」においてカナダ(北西海岸先住民)のコーナーを担当し、研究成果を展示によって公開した。さらに、フォーラム型情報ミュージアム「北米北方先住民関連文化資源データベース」の情報を高度化し、新プレート版として2020年12月4日に更新した。加えて、これまでの研究成果を英文化し、出版準備を進めた。
  3. 近藤祉秋は、Zoomやフェイスブックなどのサービスを利用して、これまで調査してきたアラスカ・ニコライ村におけるコロナ禍での生活や地域保健の状況に関する聞き取り調査を実施した。この調査により、内陸アラスカ先住民社会における感染症観やコロナ禍への対応について予備的な知見を得ることができた。また、これまでに出版してきた原稿を英文論文として書き直し、Polar Scienceの原著論文やRoutledge Handbook of Indigenous Environmental Knowledgeの寄稿章として出版した。
  4. 手塚薫は、北米の複雑系狩猟採集民の研究動向を文献や遺跡発掘調査報告書に基づき把握し、自然災害などに直面した小規模コミュニティの復興過程も視野に入れて研究を行った。また、現地調査が可能になった時に適用するため、GIS(地理情報システム)を用いて人々の持つ記憶を位置情報と結びつけて定量化・可視化する「記憶地図」の手法を開発し、国内のフィールドワークで試行した。
  5. 立川陽仁は、SNSを使ったオンライン調査を実施し、先住民がおこなう漁業およびその他の事業に関する現地データを収集すると同時に、2019年度に実施した調査の成果をまとめて、先住民が新たに開始した事業の現状と今後の展望について論文として発表した。
  6. 生田博子は、アラスカ先住民社会における石油等の地下資源開発とその開発の環境、先住民社会、先住民文化への諸影響、開発との共生に関する調査の準備を行った。
  7. 岸上伸啓や近藤祉秋は、第54回日本文化人類学会研究大会などにおいて研究成果を口頭発表した。

2019年度の活動報告

  1. 2019年6月に研究計画全体を検討する研究会(大阪)、2020年2月に同年度の調査成果および次年度計画に関する研究会(札幌)を実施しました。
  2. 研究代表者と各研究分担者はアラスカ地域と北米北西海岸地域の先住民社会に関する歴史・環境・言語に関する基本情報の収集を行うとともに、国内外で文献調査を実施しました。
  3. 研究代表者と研究分担者は現地で予備調査を実施しました。岸上伸啓は2019年8月に約2週間、カナダのハイダ・グアィやバンクーバーなどで先住民社会の生業とアート制作、社会変化に関する調査を行いました。立川陽仁は2019年9月から10月にかけて約3週間、カナダ・バンクーバー島のキャンベルリバーなどで漁業への温暖化の影響や経済活動に関する調査を行いました。生田博子は2019年8月19日から9月24日まで米国アラスカ州の5つの町を訪れ、石油等の資源開発や環境・社会の持続可能性に関して米国連邦政府やアラスカ州政府、先住民政府、北極圏研究の専門家との意見交換や現地調査を行いました。近藤祉秋は2019年夏に正教会とアラスカ先住民の関係性に関する状況を把握するため、アラスカのクスコクィム川下流域で予備調査を行いました。手塚薫は2020年2月にカナダ歴史博物館(ガティノウ市)で、北米先住民族資料の調査とともに、展示表象の特徴と自然環境の変化がもたらした諸影響に関わる研究動向について調査しました。また手塚は、複雑狩猟採集民の自然災害体験を社会的な脈絡とともに地理情報システムで処理し可視化するための手法を開発し、日本国内の被災地(奥尻島)で検証しました。
  4. 研究代表者や研究分担者は、2019年6月に日本文化人類学会(仙台)、8月に国際人類学・民族学会(ポーランドのポズナン)、9月にカナダ学会年次研究大会(鹿児島)、10月に第34回北方民族文化シンポジウム(網走)などにおいて本研究の構想や成果に関する発表を行いました。