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フィリピン・マリキナ市防災プロジェクトとその後

マリキナ市における問題

 マリキナ市は、マニラ首都圏の北東に位置し、周辺にはWest Valley Faultと呼ばれる活断層が存在する。将来M7クラスの地震の発生が予想されており、その地震リスクはきわめて高いと推定されているが、これまでのところ大きな地震災害の経験はない。マリキナ市に常襲する災害は水害であり、この災害への対応について、主として応急対応や住民啓発を中心とする防災対策が定められていた。そのためこれまでマリキナ市には、総合的な防災計画やそれを実現するための実施計画が整備されておらず、地震ハザードに対する総合的な体制の確立は、きわめて重要な課題であった。
 国としてのフィリピンの現在の防災政策は、マルコス政権下の1978年に交付された「大統領令第1566号」にその基盤をおいているといえる。この大統領令では、とくに台風とそれに伴う水害に備えた対策が整備された。川沿いの水害危険地域の不法占拠居住者の強制移転などの洪水政策により、1994年からの10年間で洪水地域が10%縮小した。しかし、再定住地に建てられた住宅のほとんどは耐震性に問題のある建物であり、新たな災害脆弱性を生み出しているともいえる。
  • マリキナ市

 マリキナNon-Engineered住宅プロジェクトにおいては、防災上緊急的に検討しなければならない課題の一つとなっている、多数の耐震基準を満たさないNon-Engineered住宅の問題を取り上げた。不法占拠居住者を再定住地に移動させる事業によってこれらの土地に建てられた住宅の大部分は、Non-EngineeredのRCFM造住宅である。
 これらの住宅が建設され続ける背景として,経済的貧困が主たる原因とされているが,その他の要因の分析や,要因間の関係などについてはこれまであまり議論されることがなかった。また、検査のための要員確保や費用など多くの問題のため、これら建築物の構造の詳細や施工の状況など、建物に関する基礎的情報はこれまでほとんど蓄積されてこなかった。
  • Non-Engineered RCFM住宅

EqTAP/EDMプロジェクトの概要

 総合的な防災計画を欠いている状況を改善するために、マリキナ市における地震ハザードに基づく地震防災総合計画・アクションプランの策定をおこなった。アクションプランの策定の結果、113のプログラム/プロジェクトが採択された。その多くは1-2年以内に実施すべきものとなっており、内容的には、防災に関する組織・制度(16項目)、教育、研究・技術(15項目)に関する項目が多くなっている。このEqTAP/EDMプロジェクト後のマリキナ市における防災政策のあり方について調査を行った。
 マリキナNon-Engineered住宅プロジェクトでは、先に述べたNon-Engineered住宅に関する基礎的情報を得るための調査を実施した。このプロジェクトによって、以下の点があきらかになった。
  • Non-Engineered RCFM住宅

a) 建設作業は棟梁が指揮し、現地独自の建設システムが確立されている。
b) 建設の主な使用材料であるコンクリートの強度がきわめて低く、ばらつきも大きい。
c) 彼らの技術的知識は、断片的で、工学的に正しいものとそうでないものが混在している。
d) 改善のためのコストの増加には施主の同意を得ることがむずかしい。
e) 2階建て程度の耐震性能は著しく低いというほどではないが、上層階の増築を考慮すると、耐震性向上策を検討する必要がある。
f) 考案した改良工法による実験の結果、従来の建物より約1.5倍の強度が確認できた。
 本プロジェクトで提案した改良方法は、技術、費用、材料の課題を満足するように設計された。また、この改良工法をプロジェクトに参加していない住民や建設作業者へ普及を促すために、耐震化の意義、改良工法による工事のポイントを解説したタガログ語のパンフレットを作成し(図3)、市役所において開催される住民向けの防災ワークショップの際などに活用してもらうこととした。
  • 施工上の問題点

  • 実験

  • パンフレット

継続調査の成果

 2004年3月のプロジェクト終了後、毎年1-2回現地を訪問し、その後このエリアの住宅建設方法がどのように変化するかを観察した。その結果、残念ながらプロジェクトで推奨した改良工法は、ほとんど採用されていないことがあきらかになった。プロジェクトに参加した職人は「プロジェクトの経験を参考にしている」と答えるが、実際には従来通りの方法で建設が行われている。
 また、大きなコストをかけて作った立派な報告書は、ごく一部の職員にのみ配布され、大量の部数が某部局の一室に「死蔵」されている。しかも配布された職員もそれを精読したとは思われない。まして、それが防災政策策定の資料として具体的に使われた形跡は皆無である。
  • 職人

 この報告書の扱われ方だけを見ると、EqTAPプロジェクトの成果は全く無視されているかにも見えるが、実際の近年の施策を見れば、あるていど政策提言に合致するような政策が行なわれていることがわかる。震災を意識した施設の点検や、防災教育の実施がすすめられるようになった。しかし、避難・復興プランや食料等の備蓄、地域社会の防災力の向上、財源強化などの政策は未着手であったり課題が残るものもある。
 様々な課題、限界はあるものの、マリキナ市の防災、災害対応政策が台風水害対策に重点が置かれている平均的自治体と比べて一歩抜きん出たものであることは間違いない。
  • リーダー育成ワークショップ

 EqTAPプロジェクトの成果が見られない要因として、主として三つの点が考えられる。
(1)マリキナ市は過去に大地震に見舞われた経験がないため、住民が持つ地震災害のイメージが乏しく、経験が不足している。
(2)この経験の不足を補うのが教育であるが、マリキナ市では住民への地震リスクの広報・啓発などの防災教育を効果的に実施する仕組みが整備されていない。マリキナ市にDisaster Museumを開設し、地震防災教育の拠点とする案も計画されているが、予算上の制約もあり、早期実現の見通しは立っていない。
(3)マリキナ市で毎年発生する災害は水害であり、この水害に対してRCFM造の住宅はほとんど損壊することはない。  以上の三つの要因が重なり合い、住宅新築の際に耐震化を試みる積極的なニーズが発生しない結果となっていると考えられる。マリキナ市における防災政策の問題は、技術的な問題ではなく、社会的な問題であるといえる。