プロジェクトの目的
本プロジェクトは、インド・ミャンマー国境周辺の山岳丘陵地帯に暮らすトライブの文化に焦点をあてた超域的な研究である。対象地域はインド側ではナガランド州、アルナーチャル・プラデーシュ州、マニプル州、ミゾラム州、一方のミャンマー側ではカチン州、ザガイン地方域、チン州に設定し、従来の南アジア研究と東南アジア研究という学術的枠組みを超えた視座から、国境周辺のナガ、ミゾ、チン、カチンを中心にモンゴロイド系山岳民族の文化に着目する。これら民族は異なる言語体系に位置付けられるものの、地形や気候といった自然環境やそれに付随する焼畑農業などの生活全般、アニミズムや伝統的慣習、衣装・装飾品や織物、バスケタリー、建築などの意匠や製作技術、またキリスト教化による伝統文化への影響など、様々な共通点も見受けられる。したがって、本プロジェクトの目的は、前述の民族に関する本館所蔵標本資料を現地研究者や現地博物館と協働しながら精査すると同時に、新規データベースの構築によって比較的な視野からこのフォーラム型超域的研究を進展させることである。
プロジェクトの内容
本プロジェクトでは、以下の4つの活動を想定している。
1)インド・ミャンマー国境周辺の山岳民族に関する本館所蔵標本資料のデータベース構築
本館では、ナガ、ミゾ、チン、カチンに関連する標本資料を所蔵している。中でもナガに関しては、標本資料目録データベースの登録資料が258点と最多であるが、その内、1983年受入の127点(H109146-H109338)については来歴や資料の詳細情報が不明である。そこで、現地のナガランド州立博物館や国内外の研究者と協働して資料の制作年代・素材・意匠・用途などについて精査すると同時に、ナガだけではなく周辺民族の資料も包含することで比較的視点から考察可能な新規データベースを構築する。
2)ナガ写真データベースとの連動
民博はX-DiPLAS支援事業を通して、写真家の森田勇造(1940-)氏が主に1979年にナガランド州各地で撮影したポジフィルム3,989点をデジタル化し、現在データベースを構築中である。撮影地のインド北東部ナガランド州はミャンマーとの国境に位置し、州民の84.3%がナガである(Census of India, 2011)。その居住地は、第二次世界大戦末期にはインパール作戦の戦地となり、戦後は独立闘争が激化してインド軍による軍事弾圧はナガ社会を半世紀以上苦しめた。撮影者の森田は、ナガランド州政府の特別許可および全面的な協力体制を得て、1978年から複数回にわたってナガの居住地で撮影を行い、特に1978年と1979年の農村部での写真は独立闘争下における貴重な資料である。また停戦後の2000年代以降は急速に人の移動や物流が活発となり、ナガの伝統的風習は喪失あるいは変容しつつある。そうした背景からも、この70年代を中心とした写真データベースは農村部の年中行事や風習、伝統的な家屋といった諸相やその経年変化の考察が可能な学術資料であり、写真内容を精査しながら、1)の標本資料データベースと連動させる。
3)ナガランド州立博物館との協働による写真パネル展の現地開催
2024年にはインパール作戦から80周年行事がナガランド州都コヒマで行われ、初めて慰霊碑が建立されて現地でも大きく報道された。1944年ビルマ側から進軍した日本陸軍の経路となった州南部の農村では現在も当時の逸話が伝承され、日本に対する関心は極めて高い。本プロジェクトでは、1970年開館のナガランド州立博物館と同州政府の芸術文化局と協働し、2)の1979年の写真を中心とした写真パネル展を同州にて開催する。日本とナガの博物館間での初の連携事業となり、1)の本館が所蔵する標本資料のデータベースも広く周知する機会としたい。
4)インド・ミャンマー国境周辺の山岳民族に関する本館での公開シンポジウム開催
国境周辺地域では、2010年代から外国人の入域制限が緩和された地域も多く(ナガランド州では2011年に規制緩和)、それを契機に様々な学術分野において同地域を対象とした研究も進展しつつある。だが一方で、近年のミャンマーの情勢不安や2023年に勃発したインド・マニプル州での民族紛争によって、この国境周辺地域では現地調査が再び困難な状況である(ナガランド州・マニプル州・ミゾラム州にも2024年12月末に再び外国人入域制限が発令された)。したがって、現地研究者を招聘して、本館にて国境周辺の山岳丘陵地帯に暮らすトライブの文化に焦点をあてた公開シンポジウムを開催する。そこでは、1)の標本資料データベース、2)の写真データベース、3)のソースコミュニティとの協働を踏まえて、比較的な視野から山岳トライブ文化の変容に関する考察や、博物館の役割についても議論を交わす場とする。
期待される成果
1)の標本資料データベースは、従来の南アジア研究と東南アジア研究という学術的枠組みを超えた視座から、ナガ、ミゾ、チン、カチンを中心に国境周辺のモンゴロイド系山岳民族の文化を比較的な視点から深化することが可能な構成とする。更に、2)写真データベースと連動させ、衣装・装飾品・生活道具といった標本資料であれば実際の着用・使用方法がわかる写真と紐付ける。こうした新規データベースの構築と同時に、3)ナガランド州立博物館との協働によって博物館を通した学術交流や写真パネル展の開催、4)本館での公開シンポジウム開催から国境周辺の山岳トライブ文化のフォーラム型超域的研究の進展に寄与する。