プロジェクトの目的
本プロジェクトは、民博が所蔵するヨーロッパの資料のうち、主にデンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの日用品に特化したデータベースを構築することを目的としている。北欧デザインと称されるスカンディナヴィア諸国およびフィンランドにおける家具や雑貨は日本でも人気が高い。本プロジェクトで対象とする資料は、北欧デザインの源流とも呼べるものである。日本の民藝運動における用の美との比較研究やデザインミュージアムにおけるコンテンツ開発など、複合領域の研究に活用されるデータベースを目指す。
北欧諸国はデジタル先進国でもあり、文化資源の大規模なデジタルプラットフォームを構築している国もある。最終的には、このようなプラットフォームと、日本国内ではあまり前例のない国を跨いだデータベース連携を実現させたい。実現すれば、未整理であった資料へ継続的にアノテーションを付与し情報を深化させることが可能となる。
プロジェクトの内容
ヨーロッパの中でも、デンマークやノルウェー、スウェーデン、フィンランドなどの国は、気候の特徴から、他の地域とは異なる生活様式を持つ。長く厳しい冬に室内で過ごす時間が多い状況から、「飽きのこないシンプルなデザイン」と「機能的で長く愛用できるような実用性」を兼ね備えた家具や雑貨が誕生したのではないかと言われている。特にノルウェーにおいては冬の日照時間が著しく短いため、室内照明器具が暮らしの重要な役割を担っており秀逸なデザインが生み出されてきたのではないかと考えられている[1]。中でも、Jac Jacobsenがデザインしたランプは、ピクサーのアニメーション映画のロゴの象徴となるなど[2]、国内外で高く評価されている。北欧デザインは1950年代から1960年代に盛り上がりを見せる[3]。戦後、デンマーク系アメリカ人のフレデリック・ルニングが、アメリカ国内で北欧のハンドクラフト製品を輸入販売し人気を呼び、1951年に北欧のデザイナーを対象とした「ルニング賞」が創設され、1957年にはノルウェーで、金工家のヤコブ・トーシュトルップ・プリッツに因む「ヤコブ賞」が創設された。こうして北欧デザインという、スカンディナヴィア諸国およびフィンランドのデザインを総称する言葉が生まれ、日本でもインテリア企業のIKEAが1974年に、イルムスが1998年に出店して以来、人気を博している[1]。
民博に収蔵されているデンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドなど北ヨーロッパの標本資料には1970年代や80年代に収集された北欧デザインの源流とも言える実用的な生活用品が多く含まれる。しかし、それらの多くは未整理の状態であり、1984年に撮影された画像が最新データとしてデータベース上に表示される資料も見受けられる。これらの地域で収集された資料は、標本資料およそ1840点、映像資料44点、音響資料36点ほどである。そのほか、梅棹忠夫アーカイブズの梅棹忠夫写真コレクションに189点の画像が「ノルウェー王国、スウェーデン王国」とタグ付けされているが、撮影地は不明のままである。また、同コレクションで「ロシア」とタグ付けされている235点の画像のうち、少なくとも数点はフィンランド国内で撮影されていることを確認した。
そこで、本プロジェクトでは、先住民に関連する資料を除く約760点の標本資料と梅棹忠夫写真コレクション約200点をデータベース化し一般公開することを目標とする。その上で、該当国のデータベースとの連携をはかるための研究や、欧州では定着しているものの日本には存在しないデザインミュージアムにおけるデザインの展示手法の研究など、共同研究や科研費の獲得により研究を継続・発展することを最終目標としたい。
期待される成果
民博が所蔵するデンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドを中心にヨーロッパで用いられてきた文化資料のうち北欧デザインの源流となる資料をインターネット上で公開するための基本的な整備をおこなうことで、これまで民博からはあまり発信されてこなかった北欧の文化を継承する初めてのデータベースとなる。デザインを明瞭に観察するため、古い撮影データの更新をおこない、情報を記述する言語は日本語と英語のほか、必要に応じて資料ごとに対象地域の言葉を用いる。日本では数少ないデザインについての理解を促進するというユニークなデータベースとなることが期待される。構築後は、対象国のデータベースとの連携をはかることで、継続的なアノテーションの付与を実現することが期待できる。また、これらのデータを様々な分野の研究に応用していくことや、文化の保護・継承にも役立てられると考えられる。
【参考文献】
[1] https://ja.wikipedia.org/wiki/北欧デザイン
[2] https://en.wikipedia.org/wiki/Jac_Jacobsen
[3] https://artscape.jp/artword/6153/
2024年度成果
2024年5月~7月に、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマークを訪問し、各国の国立博物館や野外博物館を含む民俗博物館、デザインミュージアムなどを訪問し、どのような機関がどのような収蔵品を所蔵しているのか、調査をおこなった。また、各館のキュレーターなど研究者とも面会し、民博所蔵の資料に対して、情報の提供が可能かどうかヒアリングもおこなった。
標本資料の撮影に関しては、今年度はおこなえなかったが、複数の館とのやり取りと情報共有が円滑に進むよう、代わりに、データベースのプロトタイプ版の制作をおこなった。
プロトタイプ版を制作する際に、グーグルの機械翻訳を用いたほか、ノルウェーの文化資源のプラットフォーム上にある一部のデータを用いて、機械翻訳の精度の検証をおこなった。具体的には、機械翻訳したものを、現地の言語と日本語の両方に詳しい研究者に校正を依頼した。その結果、現地の文化に特化した内容であると、機械翻訳はうまく働かないことなどが分かってきた。
2024年5月~7月に北欧地域を訪問した際に、データベースに関するヒアリングもおこなった。
2025年3月に、ノルウェー最大級の文化資源のプラットフォーム構築に携わる研究者に来日していただき、データベース連携の可能性を話し合った。また、連携の第一段階として、特別展「民具のミカタ博覧会」に、このノルウェーのデータベースの一部を組み込むシステムを開発した。