大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立民族学博物館

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「朝鮮半島の装い」データベースに関するドキュメンテーション研究/推進型プロジェクト(2024年度~2025年度)/諸昭喜

プロジェクトの目的

 本プロジェクトは、国立民族学博物館(民博)の「衣服・アクセサリーデータベース」に収められた標本資料のうち、朝鮮半島の女性服100点、子供服30点、及び衣服関連用品30点を主な対象とする。昨年度の研究では、これらの衣服に関する基礎的なデータ整理を行い、時代、地域、用途ごとの分類を進めるとともに、収集当時の背景や社会的文脈を再検討するための初期分析を実施した。本年度の研究では、昨年度整理したデータを基に、各標本の詳細なドキュメンテーションを進め、オンラインデータベースとして公開することを主な目的とする。具体的には、衣服の素材、製造技術、使用状況、文様(模様)、収集された背景とコレクター情報、に関する記述を充実させ、複式資料による日常生活の変化と多様性について、より深い洞察を得ることを目指す。

プロジェクトの内容

 民族学博物館の「衣服・アクセサリーデータベース」には、女性の衣装128点と子供の衣装51点が詳細に記録されている。しかし、2002年の特別展のときに大量に寄贈された「韓国生活財」資料は含まれておらず、韓国の服飾の資料を全体的に探索するうえでは不十分である。「標本資料目録データベース」でも中国地域の帽子が朝鮮半島のものとして記載されていたり、婚礼衣装が子供の誕生日衣装として記録されていたりするなど、地域、時代、用途の混乱が見られる。また、仮面劇用、巫服、祭り用、農楽用の衣装が主体を占めており、一般的な衣装に関する研究が反映されていない。さらに、これまで民博では伝統的な衣装を主たる収集・研究の対象としてきたため、日常の衣服の収集と研究が不足している。その結果、韓国の衣服文化については旧態依然の情報しか蓄積されておらず、服以外のアクセサリーや靴、靴下、下着などに関心が払われていない。また、服の色や形、模様などの側面に関する研究も、深く掘りさげたかたちでは行われていない。
 本年度の研究では、昨年度整理したデータを基に、各標本の詳細な文書化(ドキュメンテーション)を進め、より正確で充実したデータベースを構築することを目指す。具体的な研究内容は以下のとおりである。
①データ整理と分類:女性と子供の衣装データを時代、地域、状況などに基づいて体系的に整理し、分類する。専門家の協力を得て、現在の分類や名称に誤りがあれば修正し、サイズや素材に関する正確な情報を記録する。これにより各衣装の基本的な情報を整え、使用の文脈を明確化する。
②衣装の象徴性と機能:衣装は単なる装飾ではなく、社会的・文化的な象徴としての役割を持つ。特に、地位や活動、時代に関わるさまざまな意味を伝える。本研究では、これらの象徴性と機能に焦点を当て、衣装がどのように生活と結びついているかを文献調査で詳細に分析する。また、現地調査や専門家のレビューを通じて、衣服の背景にある社会的・文化的文脈をより深く理解する。衣装の製作と工芸:衣装が作られる過程、使用される素材の多様性、制作技術などを調査し、当時の織物製造方法や技巧を明らかにする。
③衣装の製作と素材:衣装が作られる過程、使用される素材の多様性、制作技術などを調査し、当時の織物製造方法や技巧を明らかにする。特に、衣服の模様(文様)が持つ意味や技術的な特徴について詳細に分析し、衣服の文化的価値をより体系的に理解する。
④収集背景とコレクター情報調査と既存データベースとの連携:標本資料ごとの収集背景や、収集者の情報を整理する。民博のデータベースの中、「日本民族学会附属民族学博物館(保谷民博)資料の履歴に関する研究と成果公開」に構築された既存のオンラインデータベースと収集者をURLリンクで連携する、データの相互補完を図る。
⑤ドキュメンテーションの活用と応用的検討:研究成果の活用の一環として、韓国徳成女子大学の人類学科の授業と連携し、韓国資料の模様や歴史、文化的意味について議論するセミナーを7月に開催する。このセミナーでは、研究成果の新たな展開や応用の可能性について考察する。

期待される成果

 女性と子供の衣装の日常性を中心にした時代ごとの変化は、その時代の社会的背景と関連して衣装が導かれた歴史的なプロセスを解釈する重要な手がかりである。日常の衣装の文化的意味をより広く理解することで、人間の日常生活を取り巻く美的感覚に対する洞察を深める。衣装だけではなく、その製作道具、技術、技巧を記録することで、伝統的な技術の保存と普及に寄与する。また、データベースの修正および、資料の再構築を通して、より正確な情報を提供し、社会的変化の流れを理解するための教材とする。また、この研究結果を基に、韓国の服飾やジェンダー史などの専門家と国際セミナーを開いて、学術交流を進める。

2024年度成果

 本年度の研究では、朝鮮半島地域の衣装資料の収集状況を把握し、それをもとにデータベース化の範囲と方向性を決定することを主な目標とした。これに基づき、資料の確認・整理作業を進める中で、収集者ごとの情報が極めて重要な研究資源となることを再認識し、従来の調査方針を見直す契機となった。
 まず、対象となる標本160点について、韓国の衣装専門家4名を2回招き、熟覧と実測調査を実施した。その過程で、標本の名称、用途、性別、時代などに関する情報に誤りが少なくないことを確認し、情報の補完の必要性を実感した。これらの情報をより正確に修正・検討するため、当初はオブザーバーとして参加していた韓国の研究者2名を、2回目の訪問時に共同研究者として加え、資料ごとの執筆を4名体制に変更した。この結果、予定していた研究費を超過することとなったが、正確なデータ整備のために必要な変更であった。
 次に、収集者情報の整理と既存のデータベースとの連携の可能性を検討するため、館内の「衣服・アクセサリーデータベース」や「日本民族学会附属民族学博物館(保谷民博)資料の履歴に関する研究と成果公開」のデータベースを確認した。従来は、現地調査と面接を通じて一般の女性からの情報を収集し、モノを巡るナラティブの研究に重点を置いていた。しかし、調査を進める中で、標本資料そのものの分析だけでなく、収集者や収集の背景情報が資料の理解において極めて重要であることを改めて認識し、これらのデータを相互に連携させることが研究の発展に不可欠であると判断した。
 そこで、例えば李王家に関連する資料が含まれている田中千代コレクションの収集経路をより詳細に把握するため、渋谷ファッションアート専門学校を訪問し、田中千代に関する写真、雑誌、メモなどの資料を調査した。この過程で、彼女の研究・収集活動の背景やネットワークに関する情報を得ることができたが、これらの情報の分析・活用については今後さらに進めていく必要がある。
 これらの準備を基盤として、2年目の研究では、標本ごとの詳細な文書化(ドキュメンテーション)を進めるとともに、収集背景やコレクター情報の整理、データベースの統合を本格的に進める予定である。特に、標本の来歴と収集者の情報をより緊密に結びつけることを重視し、既存のデータベースとの連携を強化する。